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Vol. 7:フランス1ヶ月滞在記

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伊東猛です。

本来であれば今月末から熱戦が繰り広げられるはずであったローランギャロス(フレンチオープン)が9月末開催に延期となり、同9月初旬に行われるUSオープンとあまりにも日程が近いことからか選手の間では「なんてこった!」となっているようです。私個人的には2度ローランギャロスへ足を運んだことがあり、5月のパリの最高の天気、雰囲気を知っているので、「9月末の開催ってどうなの?」と思い、9月末の気候をネットで確認すると、5月より若干気温も高く、より心地良さそう・・・観戦するファンにとってはひょっとするとより良い2週間になるかもしれません。

前回のメルマガで、私が16歳の時に夏休みを使ってフランスのニースに1ヶ月程滞在した時のエピソードを少し紹介しましたが、今回はそのフランスで1ヶ月滞在した時のことを書こうと思います。

その1ヶ月、主に滞在したのはニース周辺の南フランス、フレンチリヴィエラと呼ばれる地中海に面したリゾート地ですが、その南フランスに入る前の3日間は丁度ローランギャロスが開催されているパリで過ごしました。同じアメリカのアカデミーで練習していたアメリカ人ジュニア選手がジュニアの部で大会に出場していたこともあってコーチ用のパスをもらうことができ、選手のみが立ち入ることができるロッカールーム、選手用レストラン、プレーヤーズラウンジ、練習コートなどに自由にアクセスし、3日間会場での雰囲気を満喫しました。


ローランギャロスの素晴らしいコートに立って

特に感動を覚えたのは選手たちが練習するコートでプレーしたことで、今でも忘れることができないのがそのコートサーフェスの質感です。アンツーカー(クレイ)コートなのに、ハードコートのように表面が硬く、凸凹が全くなくイレギュラー・バウンドがほとんどない。私のジュニア時代、大阪ジュニアなどの大会会場は万博公園テニスコート(当時は全日本ジュニアも2年1度、万博公園テニスコートで行われていました)、ローランギャロスと同じようなアンツーカー(クレイ)でしたが、スライドして止まるとコートが抉れて凸凹ができ、イレギュラー・バウンドばかりしていた印象だったので、あまりの違いに驚きました。近い将来、コーチとしてあのコートに立てる日が来るよう、選手の育成をやっていきます。

Roland Garrosのレッドクレー。粒子が細かく、表面がパンパンに固められた素晴らしいコート


NIKE契約に憧れて!!

また選手やコーチがメーカーから受ける待遇の凄さを目の当たりにしたことも、凄く印象に残っています。一緒に帯同してくれていたコーチのHoracio Rearte(世界のトップ選手をコーチ経験があり、大坂ナオミのコーチングもしていました)がNikeの契約コーチだったのですが、そのコーチが会場を案内してくれた際、NIKEのブースに立ち寄り、大きなトーナメントバッグ2つを担いで出てきました。そのままロッカールームに行きバッグの中身を見せてくれたのですが、1つ目のバッグにはNIKEシューズがパンパンに、そしてもう1つのバッグにはウェア類がパンパンに入っていました。

グランドスラム大会期間はラケット、ウェア、シューズブランドにとって契約選手や契約コーチと密なコミュニケーションをとる重要な時間であり、「プレーヤーズ・サービス」と称し、契約選手や契約コーチが訪問することができる場所を用意し、ウェアやシューズブランドは、そこでその大会で選手が着用するウェアやシューズを提供します。

この時、たくさんのNIKEをゲットしたそのコーチのことを凄く羨ましく思いましたし、自分もいつか強くなって同じ待遇を受けてやる!と思ったのを今でも覚えています。


世界にはとんでもない奴がたくさんいる

会場ではプロの試合はほとんど見ず、練習コートを回って世界のトッププロがどんな練習をしているのかを見てまわりました。

そんな中、有名選手に混じって全く知らない選手が練習しているのですが、その無名選手がトップ選手を練習マッチで6−2、6−3とかでねじ伏せて行きます。

コーチのHoracioがその選手と友人だったことで紹介してもらい、のちに練習も一緒にさせてもらったのですが、Gustavo Giussaniという20代後半のアルゼンチン出身の選手で、当時フランスでトップ20位の選手。21歳の時に世界150位くらいまで行ったのだが、「ツアーをまわるのはお金がかかる」「遠征に疲れた」という理由でフランスに住み着き、朝はビーチでゴロゴロ、午後から試合に出て賞金を荒稼ぎして暮らしているとのこと。フランスの国内トーナメントはフィードイン(ランキングが高ければ、順々決勝からなどドローの途中から参戦)なので、トップ選手であれば優勝賞金が15〜20万円ほどの大会を週2、3大会こなせ、勝ちまくればかなりの収入を得ることができます。

「強ければ誰もが世界のトップを目指すのが当然」と思っていた自分にとって、こういう生き方をしている人との出会いは衝撃的でしたし、また違った視野で物事をみるきっかけになったとも思っています。


南フランスでの試練

パリで刺激的な3日間を過ごした後、南フランスへ移動しました。パリではコーチと2人でホテルに宿泊しましたが、ここではアパートで1人暮らしです。食事とか色々とコーチがやってくれるのかと思いきや、コーチは家族がいるので、私のことはほぼほったらかし・・・。自炊をしたことがないので困りました。とりあえずアパートに入り疲れていたので昼寝。夕方目が覚めたら急に空腹感が。。。

食材調達もしていないのでとりあえずキッチンの戸棚を開けて何かないか探すと、前の住民が残していったであろうマカロニとトマト缶が。

とりあえず適当にマカロニを茹でて、そこにトマト缶の中身をひっくり返して夕食の準備完了。「トマトパスタってこんなんだったよな?」と思いながらそのトマトマカロニを食べたら今まで食べたことない不味さにひっくり返りそうになりました。ただ食べなきゃ死んでしまうと思いなんとか完食。次の日に命を繋ぎました。

次の日から朝食は練習するテニスクラブ近くのカフェでとり、午前中2時間ほど練習。昼はまたパン屋でサンドイッチなどを食べたような気がします。午後も夕方まで練習し、夕食はまた誰かが作るあのまずい料理を食べるというのが日課となりました。

試合もたくさん出場させてもらいましたが、結果が全くダメで良い思い出がなく。。。

南フランスでの4週間で「不味い夕食」と「試合に勝てなかったこと」以外記憶に残っていることというと、

  • 前メルマガで紹介したフランスのトップジュニアがHEADラケットを手に凄いテニスをしていたこと

  • ある試合で負けた後、なんとかせねばととりあえずランニングに出かけ、モナコまで走ってしまったこと

  • 優雅なテニスクラブの雰囲気

くらいでしょうか


いざ憧れのモナコへ!?

出場した試合で木っ端微塵にされた後、なんとか状況を変えなければ!と思い立ってとった行動が自分への罰ランでした。

試合会場のテニスクラブから海岸沿いの街道まですぐだったこともあり、とりあえず海岸沿いを走ろうとスタート。

天気がよく、目の前に広がる地中海の景色は最高、澱んでいた気持ちもなんだかすぅーと晴れていきました。

特に理由もなくその海岸沿いを東に向かって走ったのですが、15分ほどすると道路案内標識が " ↑ Monaco "と…。MonacoのことはテニスのMonte-Carlo Openをホストしている国ということで知っていたのですが、とにかくお金持ちがたくさん住んでおり、街並みもとても優雅と聞いていたので、「この道を辿っていけばモナコへ行けるの!?」「行ってみたい!」と気持ちは完全にモナコ・モードとなり、距離が書いてないのでどれだけ走れば到着するか分からなかったのですが、↑ が指す道のりをひたすら進みました。

進めど進めど出てくるのは" ↑ Monaco "の案内標識だけ、結局1時間走り続けてようやくフランスとモナコの国境に到着。そこはただの国境なのでとくにモナコ感はなく、ただ道に「ここからがモナコ」という標識があるだけ。来た道を戻らないといけないことを考えると、それ以上街の中心に向かって走る気にはなれず、とりあえず1歩だけモナコへ踏み入れ、折り返しました。結局2時間の20km罰ラン、最高の景色を眺めながらテニスについて色々と考えながら走ったので、すべきこと、挑戦するべきことを整理することができ、その後の試合では少しずつですが勝利が増えていきました。

今でもたまにニュースなどでモナコ情報を見ると、あの罰ランを思い出し、あの頃を懐かしく思います。もう二度と2時間は走りませんが…。

フランスとモナコの国境。「たどり着いた!」という達成感と、「来た道を戻るのか…」という不安を同時に感じました。


フランスの優雅なテニスクラブ・ライフ

フランスではほとんどの試合が公営コートのような場所ではなく、テニスクラブで行われます。

いろいろなクラブにお邪魔し試合に出させてもらいましたが、どのクラブにとっても大会は一つのイベントとなっているようで、特に週末に行われる準決勝、決勝は夕方に行われることが多く、クラブはお酒や食事を用意し、そこへクラブの会員がお洒落をして集まり、試合を観戦しながら団欒の時を過ごします。

滞在時に拠点として練習をさせてもらっていたテニスクラブも、屋外レッドクレーが5面あり、新しくはなかったですが小綺麗なクラブハウスとオープンカフェが併設されているクラブでなかなか素敵でした。日本だとテニスをするだけに(もしくは習っている子供の付き添いとして)テニスクラブに行くというのが一般的だと思いますが、そのクラブには夕方になるとビジネスマンがスーツ姿で現れ、オープンカフェでコーヒーをオーダー、メンバーやジュニアがテニスをしているのを眺めながらオーナーと30分ほどのんびり話をし、そして帰っていきます。週末になると家族連れが昼食を食べるためにクラブを訪れるなど、テニスクラブではプレーすることだけが目的にはなっておらず、そこでの食事や団欒が生活の一部となっているのを感じました。

日本でこういう雰囲気のクラブの存在を聞いたことがないので、いつかそういったものを作れたらなぁと頭の片隅にいつもしまっています。


フランスでの1ヶ月を振り返り

16歳の時にフランスで1ヶ月を過ごして得た経験は、私の視野を広げることに大きく寄与してくれたと感じます。

日本人であれば、前述のGustavo Giussaniのように実力があれば迷うことなくツアーで戦うことを選択し、そのために必要な資金も日本国内でスポンサーを見つけ、調達できます。しかし彼の祖国アルゼンチンではスポンサーを得ることは容易でなく(楽天オープンで来日した当時世界30位のDiego Schwartzmanが「世界30位でも資金調達に苦労している」との話をしていました)、そういった背景から、フランスの国内大会で賞金を稼ぎ、生活するという生き方を選択する考えが生まれる様です。

こういったことは日本だけでプレーしているとなかなか垣間見ることが出来ないので、世界中のいろいろな場所でテニスをする機会をもらうことができ、いろいろな国の人と出会えたことは、指導者としてオンコートでジュニア選手にコーチングする時だけでなく、ジュニア選手の進路をアドバイスする上で役立つことがあると考えています。

またフランスでテニスが生活の一部として人々の生活に息づいている様子に触れることができ、テニスを通じてどういう価値を築いていくかということを考えた時、ユニークなアイデアを出せるだろうと感じます。

テニスというスポーツを30年続けてきましたが(途中4年ほどのブランクがありますが)、テニスがユニバーサルであるがゆえに色々とおもしろい経験をさせてもらえました。

これまでの経験を活かし、これから育っていくジュニア選手のサポートに役立てていきます。

1ヶ月過ごした南フランス・フレンチリヴィエラの風景

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