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学生時代回想録 Part3

伊東猛です。 2年目のシーズンを良い形で終え、また大学での生活にも完全に順応しテニス部外で多くの友人との交流を持つことで自分の居場所をしっかり確立できたこともあってか、2年目のシーズンオフは、前年のように3ヶ月の夏休みを利用し海外遠征をするのではなく、2ヶ月はそのままアルバカーキに残りじっくり練習、そして残りの1ヶ月は久々に日本に戻ることにしました。アルバカーキーでの夏の2ヶ月は授業も取っていなかったため、練習以外の時間は友人と一緒に山へハイキングへ行ったりなどアウトドアの遊びを楽しんだり(今ではめっぽうインドア派なので、アウトドアでの遊びを楽しんだ当時の自分が信じられませんが・・・)しました。アルバカーキーには以前も紹介した Sandia Mountain という山が大学キャンパスから車で15分ほど走った距離にあり、その麓でハイキングなどを楽しめるトレイルが多くあります。また気候も凄く乾燥しているので夏でも全く汗をかかず、凄く快適に過ごせます。これから来る日本の夏が地獄だとしたら、アルバカーキーの夏はまさに天国です! で、その天国での2ヶ月を快適に過ごした後、湿気地獄である日本に帰国し自宅で夏休みの残り1ヶ月を過ごしました。ジュニア時代にプレーした友人と練習したり、家族で沖縄旅行に行ったり、また父親がその当時はまだ所有していたペンションに行き、テニス、畑の手伝いなどでこれまたのんびりした日々を過ごしました。

その昔家族で沖縄・座間見島に旅行に。左から弟、妹、そして私。それまでテニスの遠征以外での旅行はほとんど行ったことがなかったので、テニスをしていない時間がなんだか不安に感じてきたのを覚えています。

父が当時所有していた京都・丹波町のペンションをバックに。テニスコートも2面あり、小さい頃はここでよく野球をして思いっきり走り回っていました。2019年にここを訪れた時は「災害救助犬訓練場」に様変わりしており、テニスコートは大量の瓦礫で覆われていました・・・。なんだか寂しかったです。

3年目のシーズンがスタート

日本でののんびりとした1ヶ月を過ごし終え、いよいよ始まる3年目のシーズンを迎えるため8月末に渡米しました。2年目のシーズンで良い結果を残したこともあり、コーチが「全米学生クレーコート選手権」への遠征をチームNo.1選手の Matthieu Amgwerd (Matthieuはこの大会で予選から勝ち上がり、準決勝まで駒を進め、瞬く間に全米トップ選手となりました) と2人で行かせてくれることとなり、初めての個人戦での全米大会を経験することができました。結果は覚えていないので、おそらく予選の初戦か2回戦負けだったのだと思います。9月から12月までの秋学期に団体戦はほとんどなく、基本的に個人戦のトーナメントに多く出場するのですが、その秋学期で一番重要な大会の一つ、Regional Tournament(全米を8つの地域に分けて行われる全米大会へ繋がる地域予選大会)でも特に良い結果は出せず、1年生から3年連続2回戦負けという結果に終わりました。

Las Vegasで行われたRegional Tournament 終了後に滞在していたホテルで撮影。私個人の結果は良くなかったが、チームメイトが頑張り、チームとして地域No.1となり(個人戦の結果に与えられるポイントのチーム合計で決定される)、全米のトップ16チームで争われる「全米学生インドア選手権」への出場をチームとして決めた。

歴代チーム ワースト記録!?

秋学期、チームとして「全米学生インドア選手権」への出場権を地域No.1となり獲得しましたが、いざ1月からの団体戦シーズンが始まると立て続けに負けが続き、チーム内での不協和音がどんどん膨らんでいきました。個人的には、1年目はNo.5シングルス、2年目はNo.4シングルスでプレーし、3年目はNo.3シングルスでのポジションを任され、着実にチーム内ではトップに向かって階段を一段ずつ上がっていくことが出来ていたものの、3年目はあまりにもチームとしての負けが続き、良い思い出がほとんどないためかシーズン中のことを振り返ろうと思っても何も思い出せません。とにかくチームとしては歴代ワーストと呼べるほどの最悪な戦績を残し、各選手の自分勝手な行動が目立ちチームワークは崩壊、雰囲気も非常に悪いまま、大学スポーツが最も重要視する大会の一つであり、シーズン最終トーナメントである Conference Tournament(大学スポーツの目標は全米ナンバー1になること、そして Conference Tournament で優勝すること)を迎えました。 Conference Tournament とは、いくつかの大学で構成されるリーグ(日本でいうと野球の東京六大学などにあたる)のシーズンNo.1を決める大会で、大学にとっては一番重要な大会と言っても過言ではありません。しかも毎年リーグに属する大学が持ち回りでこの大会を開催するのですが、この年のテニスは University of New Mexico での地元開催。普通であれば地元開催という有利な立場を利用し、優勝を狙いにいくのだと思いますが、ほぼ崩壊仕切っている我々のチームで優勝を意識する選手はいなかったと思います。 地元開催ということでシードとなり1回戦は免除されましたが、2回戦で準決勝(当時我々のConferenceには6校しか在籍していなかったため)の相手は1回戦を余裕で勝ち上がってきたUniversity of Neveda Las Vegasというチーム。シーズン中に2度対戦し1勝1敗と勝ち星を分け合ったものの、チームとして完全に戦う意欲がなくなっていたこの時の我々にとって勝ち目はほぼ無し。試合当日のウォームアップでも開始時間にチームの半分が遅れて到着し、バラバラで練習を開始するなど悲惨な状況でした。通常、試合前には円陣を組み士気を高めるのですが、この日は円陣も組まずに試合が開始されました。

なぜか神が舞い降りた・・・

が試合が始まると、周りを当てに出来ないためか各選手が自分のプレーに集中し、気付けばダブルスで1敗だけしたもの、それ以外の全ての試合に勝利し、翌日の決勝に駒を進めていました。ただ、試合が終わった後も全くチームで余韻に浸ることなく、ほぼ会話もなく解散というありさまでした。 決勝当日もやはりウォームアップ開始時間に数名が遅刻し、前日同様にチームとしてのまとまりは一切なく、各選手がそれぞれ自分のやり方で試合の準備するという状況の中、決勝がスタートしました。相手も格上で全米19位のSan Diego State University、シーズン中にも一度対戦し簡単に負けた相手でした。ただ地元開催ということで試合開始前には500人を超える観客が集まり、会場は凄い盛り上がりを見せ、異様な雰囲気に包まれました。チームとしてのまとまりはないものの、各選手がその応援に後押しされ、試合に入ると必死でボールを追いかけ、死に物狂いで戦う姿がありました。ダブルス3試合からのスタートですが、No.1ダブルスが相手を蹴散らし勝利、しかしNo.3ダブルスが接戦の末に敗退し、No.2ダブルスとしてプレーしていた私と1年生のBart Scott にダブルス最後の勝負がかかりました。8ゲームプロセットで行われるダブルスで、500人の観客の視線を浴びながら奇跡的なショットを決め、接戦の末に8−6で勝利。その瞬間にチーム全員が私とBrentに駆け寄り、喜びを爆発させ、あたかも優勝を決めたような雰囲気になりました。試合中は相当興奮していた自分でしたが、勝利し皆に駆け寄られた時にはかなり冷静に次のことを考えており、大喜びしているチームメイトに「まだ一歩リードしただけだぞ!シングルスもしっかり戦うぞ!」と繰り返し何度も伝えたのを今でも覚えています。 ダブルス終了後少しの休憩を挟み、6面進行でシングルス6試合がスタート。3面ずつで分けられたインドアコートなので、隣の建物でやっている3試合の途中経過が分かりません。が、それが逆に各自自分のプレーに集中するのに役だったのか、私自身も試合前夜にイメージした通りのプレーをすることができ7−6、6−0で勝利。隣でプレーしていたシングルスNo.5のAndrew Irvingが6−4、6−3で、隣の建物でプレーしていたシングルスNo.6で私のダブルスパートナーのBartが7−6、6−3で勝利をもぎ取り、優勝を決めました。勝利が決まった瞬間、あれだけバラバラだったチームがお互いに抱き合い、喜びを分かち合うという、それまでの不仲が嘘のような光景がありました。現在、私は関西国際大学硬式テニス部の監督をしていますが、この時の経験があるからか現在率いているチームが重要なリーグ戦前にまとまっていなくても、あまり不安を覚えないのかもしれません。

Mountain West Conference 初代チーム優勝を決め、チームメイトとトロフィーを掲げる。 シーズン最後の試合を劇的な優勝で終えることができ、それまでの最悪だったシーズンが最高の形で終わりました。個人的にもシーズンを通してNo.3シングルスでプレーすることができ、あとは最後のシーズンでシングルスNo.1のポジションを狙うのみ、充実したシーズンオフを過ごし大学最後の年に備えました。 次号では大学最後の1年、4年生時の話を紹介いたします。 ----- 伊東猛のニュースレターを購読頂きありがとうございます。 このニュースレターでは皆様に米国への留学に関する情報やテニスに関連する話題等を提供しています。 もしもニュースレターの購読を止めたくなった際には遠慮なく以下まで"unsubscribe"をタイトルに記したメールをくださいますようお願いいたします。 info@iia-inc.com また、バックナンバーについては以下でご覧いただけます。 https://www.iia-inc.com/newsletter IIA, inc. www.iia-inc.com

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